今後どのような結果に転ぼうが、もはや今場所の主役は栃ノ心ですから、ここからは楽日まで、この「みなし新大関(?)」メインで行きます。

栃ノ心 12-0→12-1→12-2

12日目の感想
色々な意味において衝撃的な、あまりにインパクトの大きい一番になった。
栃ノ心が右四つ真っ向勝負で白鵬に力勝ちをしたという事実がその最大であることに関しては論を待たないが、筆者がそれに並ぶほどの驚きを抱いたのが、立合いにおける主導権争い。珍しく、本当に珍しく栃ノ心が駆け引きを用いて、第一人者の意図を挫かんとしたのだ。
すなわち、これまでは先に腰を下ろし、横綱が腰を下ろすのに合わせ先に手を着いていた栃ノ心が、この日は一度目の立合い、頑なに手を下ろさず白鵬の突っ掛けを誘った‐格上である白鵬の呼吸で立つことを許容しなかった‐のである。
自分の呼吸だけで立って、鋭く踏み込み先手を取るという白鵬の立合いに後手を踏まないための対策として、恐らくこの点だけは何があっても譲れないと考えたのではないか。
決して駆け引きを褒めるわけではないけれど、栃ノ心がこの取組にかける覚悟がどれほどのものなのか、「挑む」のではなく「倒す」ために白鵬に向かっているのだという執念がひしひしと伝わってきた。

翻って白鵬は、この栃ノ心の策戦に戸惑ったことだろう。それでも「ならば」と相手の重心がわずか後ろに寄ったところで立ちに出るも、栃ノ心は応じない。
仕切り直し、ここで「白鵬コンピューター」は瞬時に相手の狙いを逆用すべく様々な情報をはじき出した筈。しかし、二度目の立合い、今度は栃ノ心が普段と同じような呼吸で手を下ろし白鵬を待ってきた。ここまでの一連を栃ノ心が想定していたとすれば恐るべきことだと感じるが、そうではなかったとしても、結果として一度目と違う方法で仕切ったことが白鵬に当たり勝ちを許さない要因となったのではないか。当たりとしては五分と五分であっても、立ち遅れずに当たり合えたのならば呼吸を制したのは栃ノ心、そのようにも言い換えられるだろう。

その後の展開については、多くを語るのが野暮という、がっぷり四つの力比べ。
敢えて言えば栃ノ心の左上手が浅く、力が十分に伝わって白鵬に切ることを、その遑さえも与えない。本当に良い位置を取り、良い引きつけをするようになったものである。
横吊りの応酬で互いが砂をサササッと踏みしめるサマはまさに壮観、然し二度三度とその動きを繰り返すうち、小刻みにすり足で動く栃ノ心に対し、白鵬の腰が浮きはじめ足の力を相手に伝えきれない。この機を逃すまじと全精力を振り絞って仕掛ける栃ノ心、残す白鵬…
正面土俵付近での珠玉の攻防は、最後栃ノ心が差し手の右を抜いて喉輪に変えたことが決め手となり、ついに決着。「歴史が動いた」との表現が決して大げさではない大一番の幕がここに下ろされた。



・明日の展望
vs正代
数日来繰り返すようで恐縮ながら、右肩に不安を抱えて場所に入った栃ノ心、今場所初日で松鳳山と対戦して以来、ガチガチの左四つ力士とは対戦がない(琴奨菊は対栃ノ心戦において主に右四つを採用)。
それゆえ絶対に左を差しに来る正代との対戦で差し手争いをいかに展開させるか、正直に言って未知数な面がある。
左で上手を引ける可能性は高いのだが、その場合でも右を差し負けて左を深く差され、出足の良い正代を中に入れてしまえば劣勢は避けられない。逆に差されたとしても右からおっつけて挟み付ける形を作ることが出来れば、外四つないし、右を差して十分に胸を合わせ、優勢に持ち込めるだろう。右の使い方が最大の焦点だ。

明日の内容が、正代同様二本差しを得意とする14日目以降の対戦相手(鶴竜・勢)にとっては試金石ともなりうるだけに、優勝争いを占う上でもきわめて重要な一番。
栃ノ心にとっては、白鵬という巨大な壁を越え、なおも鶴竜という大きなハードルへ向かわねばならぬその前に、もう一段それなりの高さで飛び越えねばならぬ難敵が待ち受ける格好。2度目の優勝に向けて、まだまだ試練の取組は続いていく。



13日目の感想
栃ノ心は右を固めて左で踏み込むいつもの立合い。廻しをとらせないように動く相手を、ならばと突き放し、右おっつけ左喉輪で攻め立てる。正代の左が滑り込みそうになると右で巻き替えに出て(この流れは反対四つとはいえど稀勢の里を思い起こさせたし、栃ノ心の取り口を考えた場合、好手であるとは言いがたい)、正代が得たりとその右を左からおっつけて攻め返すと、右の力を抜き、右半身を解いて正対。
ここで予想以上に正代の頭が低かったために、栃ノ心がそれに合わせて自分の頭も下げてしまう。正代の方にしても特別頭を下げたことによって出来ることは多くない、むしろ栃ノ心が少し圧を加えたことで足が揃って引かざるをえないような形勢なのだけど、その引き足に栃ノ心も頭を下げたままついて行こうとしたためにもう一歩足を送りきれなかった。本人が「足やな」と敗因をつぶやいた所以だ。
そもそもが膝の欠陥もあり、この日のように「つかまるもの」がないままに前掛かりで押し込んでいくのは不向きな人が、珍しくああして強引に追いかけていったのだから、攻め急ぎ・勝ち急ぎとの評は適当とせざるをえないか。これ自体は僅かなタイミングの問題であると言えなくもないのだが…

その他にも栃ノ心の立合いがやや高く、上手の取り方も上ないし横の角度から行っていること、正代の立合いも普段よりは低く、事前に見所として挙げた差し手争いの面だけでなく、スムーズに右腰を引いて栃ノ心の左上手を嫌うような動きにも移行できたこと、また最後の場面以外でも栃ノ心の足が終始手の動きと噛み合い切っておらず攻めが纏まらなかったこと(これは正代が栃ノ心との距離感を意識してうまく間合いを取れていたことにも関係するが)など切り口は様々あって、総じて硬さ(或いは相反する心情による緩み)といった精神的な要因よりは、正代という相手との取り方に起因する事情が多いのではないかと思う。そして、前日分にも書いた通り、正代に対して抱く取りづらさは明日の鶴竜・楽日の対戦が予想される勢にも通じる箇所があるだけに、栃ノ心の対応能力が問われる残り二日となりそうだ。



14日目の展望
vs鶴竜
優勝争いの行方を大きく左右する一番。
先場所は左からの引っ張り込みが機能し、早く胸を合わせたことが勝因となったが、鶴竜とて同じ轍は踏むまい(だいぶ良くなっている横綱の右がどれくらい使えるかによっては、先場所と同じ策戦ですら通用しない虞もあるが)。
栃ノ心に先に上手を与えぬよう突き上げてくるか、或いは前日の逸ノ城戦同様に張って二本差そうとするか、 引き出しは多い人だけに、色々と考えはあるだろう。
栃ノ心としては、初場所のように突き立てて相手の腰を伸ばすか、食いつかれた場合には体勢を整えられないうちに右の差し手もうまく使い、攻めながら上手を引く格好を作りたいが、どちらの場合も13日目に痛めたもようの右手首が気がかり。白鵬戦同様、立合いの呼吸具合も大きなポイントだ。


14日目の感想
立合い栃ノ心が左を覗かせると、鶴竜は右から絞って右前廻しを探り、次いで右で栃ノ心の左横っ面を張るようにして突き上げるという、あまり見かけなくもあり面白い動きで隙間を開けてから、右を巻き替えに出た。
栃ノ心は鶴竜が差したところで左上手を取れはしたのだけど、鶴竜すぐに左から攻めて差し手争いに持ち込みつつ、右の下手を深くするや、今度は右から振っておいてまた左を覗かせんと巧みに揺さぶったので遂に大きな焦点であるもろ差しの突破を許してしまった。このとき栃も右で上手を引いて外四つ、力ずくで抜き上げんとしたが、廻しも伸びておりこれは無理。
鶴竜としては、上手が伸びている反対解釈として切りづらいので、その対策として栃ノ心大得意である左上手からの投げを出させないよう栃の右腰側にくっつく判断も適切で、左を深く、右は浅く持ち替えた両肘の張り方も絶品。
それでも栃は首の位置を変えて左を生かさんともがき、次いで鶴竜の出足に合わせて右で首を捻りながら左から振って強引に左へ腰を回さんとするのは迫力満点であったが、鶴竜は再度右を深くしながら右外掛け、栃が掛け投げ気味にはね上げんとするも構わず横について、最後は送り倒し気味の掬い投げと冷静に応じられては打つ手なし。無念、今場所はじめて追う立場となった栃ノ心は、一縷の望みにかけて楽日の土俵へと向かう。



千秋楽の展望
vs勢
体調面は今や限界に近づきつつあるはずで、中盤までのように「楽な相撲を取らないことが重要」と書くのも気が引けるのだが、勢の方も左膝裏の怪我などで満身創痍、当然右を差しての速攻に打って出ることが予想されるため、栃ノ心が立合いで狙う左の位置が悪ければ、一挙に持っていかれるかもしれない。やはり出来る限りの踏み込みをして良い位置の上手を取ることが最重要だ。
そうして組み止めてからは右の使い方が肝腎。(右手首の状態はひとまず措くとして)右の下手を十分に引きつけて勢の投げ腰を生かさせない慎重な攻めが求められる。