栃煌山
時間いっぱい時の仕切りの動作を早めた点が場所中の中継でも話題になっていましたが、そのことと場所の好内容との関係性を探るなら、やはり技術論というよりは精神的なところが大きいのかなと。
この喩えしか思い浮かばなかったので恐縮ですが、鍵を鍵穴に差し込むまでが立合いの踏み込み、鍵を穴の中で回す動きが差し手争い(前さばき)、ドアノブを開けて玄関へ入り、上がり口を上がっていくまでを出足として栃煌山の相撲に当てはめていくと、時間いっぱいの仕切りがどうこうというのは、鍵をカバンから出すまでの動きにでも喩えるべきか、何にせよ鍵を開けるという行為自体に直接的に関わるものではない。
ただ、カバンから鍵を出すのにひととおり中の整理をしたり、予め入れる場所を決めておくなどして、さっと引き出すことができれば、それだけ後の動きにもスムーズに移れるのは確か。
本人なりのこだわりはあって、いわゆるルーティンのようなものをやっていたわけですが、見栄えの点でも早められるなら早めるに越したことはないですし、ましてそれが自分に合う(ように思える)のなら誰にとっても有益な話です。
以前の立合いでは肩を何度かブラブラと動かして脱力しようという動きがありましたが、特にそうしたものを入れていない今場所の方がよほどリラックスして一歩目が出ていたのではないでしょうか、悪いときや調子の上がってこない場所序盤では、ポイントがずれて(上の方に差しすぎてるのか、向き自体が悪いのか)うまく鍵穴を回せない、つまり上体だけで差しに行って伸び上がり、スムーズに二歩目が出て行かないのですが、今場所は手足がきちっと連動して、教科書通り下から相手を起こしていくことが出来た。また、本人も口にしていた通り、今場所は悪い左足の運びも上向いて(鍵の喩えで言うなら鍵や鍵穴自体のメンテナンスというところでしょうか)、結果勝ち味の早さも大きく改善されました。
白鵬戦の勝ち方にしても、最初から考えて突き落としにいったのか、とっさに出たものなのかは分かりませんが、重要なのは、「困ったら左に動いておけばいい」くらいの見下ろした余裕があった白鵬に必死になって左前廻しを狙いに行くほどの立合いをさせたことなのだろうと思っています。
白鵬を倒して以降、色々と大きなものがちらついたか、完全に悪い時の姿に復してしまったのはご愛嬌・・・で済まされない不確かさを印象づけましたが、それまでの成績が台無しになったわけではない。年頭に力強く宣言した目標へ向けて起点を作り、残り2場所。まずはステップとなる秋場所の結果ですが、海外サッカーファンには有名な「どうなるか見てみよう」という心境で、見届けたいなと。
逸ノ城
初の大敗を喫し、来場所は平幕から出直し。まあ、なんといってもまだ入門から1年半あまり、入幕から1年足らずなわけで、その時点で関脇を2場所張っているというだけでも物凄いことではあります。
弱点や悪いところが見えやすい現状だけに、解説の親方衆も聞かれりゃ饒舌に答えますが、もう少し柔らかく「これからに期待」というような声を投げかける場面が多くても良いんじゃなかろうとは不憫に思ってしまう。
ただ、ある意味「怪物」なればこそ、マスコミ界隈も騒ぎ立てたわけで、その点では「ブーム」が一段落し、等身大としてもう一度上を目指して行かんとするこれからが勝負。アレコレ手を出さずに、1年かそれ以上かかってもいいと思うので、立合いでしっかり相手に圧力をかけてから右を差して返すという流れを徹底して身につけてもらいたいですし、何より自分はそれだけで綱を張れる素材なんだという自信だけはなくさないようにしてもらいたいですね。
嘉風
例のごとく上下左右前後の自在な動きを見せてくれましたが、悪いときは余分に動きすぎてひとり相撲っぽくなったり、引っ張り込まれて中途半端に差したところを振り回されてしまったり、概して腰を引いた状態のままで何かをしようとするところがあるのですが、今場所は上体の動きに無駄が少なく、下半身の寄せもスムーズ。ゆえに相手を崩してからの攻めが鋭く、さっと距離を詰め、懐に入って、どちらかをハズ、どちらかでおっつけての速攻が目立ち、差すにしても、しっかり差し手を返し、片方は前廻しを引くなりして密着していく形が出来ていましたから、相手がそのスピードの前に体勢を立て直す暇もなく、土俵を割るか、這って土俵の砂を浴びるか。
後半は殆ど上体の起きるような相撲がなく、腰も決まって、ただただ見事と舌を巻くような内容が続きましたし、三役経験ありの実力者とはいえ、こういう躍動感抜群の取り口に12番の星が伴えば敢闘賞も当然の帰結であったでしょう。
秋は久々の上位挑戦。悲願の白鵬打倒にも大いに燃えているはずで、その結果および内容が大いに注目されます。まずはやや左にずれて横綱の右差しを封じることですが、その後の流れでは横綱の動きをよく視て、自分から突っ込み過ぎないように取りたい。
阿夢露
終盤崩れて8番止まりも、メキメキと力をつけている一人であることに疑いはないでしょう。
190センチを越える長身ながら低い姿勢で左足から踏み込み、前廻しを引き、頭を付けて・・・という信念の取り口。とにかく重心が低く、顎を上げず、手の出し方も下から中から辛抱強くあてがって、形がいいからこそ前廻しの位置も良く、廻しを取ればしっかりと引きつけ、一気に前へ。寄りきれないと見るや体を開いての上手投げ、上手出し投げもあり、これまた教科書通り下に打って相手を土俵へと這わせます。
課題としては、やはり軽量ゆえ、圧力をもろに受け、自分の型が乱れてしまうと脆く、上体が起きて膝が伸びてしまうと、時折ではあるのですが、まともにまっすぐ引いてしまうケースも散見されるので、膝の怪我には当然少なからず負担を生んでしまう。
先場所前から関取衆との稽古も出来るようになったとのことですし、膝の具合には気を払いつつも、より強度の高い稽古環境に身を起くことで、徐々に立合いを磨き、地力を高めていきたいですし、安美錦などを参考に、相手の圧力を逃がしつつ、懐に入ってハズで押し上げたり、横に食いついたりという流れへ持っていく上手さも身につけていきたい。
再三の大怪我を乗り越え、ここまで上がってきただけでも凄いことですが、勿論、本人は満足することなく、さらに上を目指しているはず。上位で取る姿を1場所でも多く観たいですし、もっともっと強くなってほしい、中位まで番付を上げる秋場所の活躍も期待しています。
大砂嵐
度重なる怪我の連続で、今度は左肩甲骨の骨折。中継でも骨がくっつくまで半年、つまり今年いっぱいくらいは厳しい土俵が続くだろうとの談話が入っていましたが、それに加えて、足首やら膝やら上腕やら悪いところだらけでは、取り口の研究なども進ませようがないですし、どうしても両手で突いてから左上手を狙うか、突き合いから強引にはたきでねじ伏せるか・・・など単調なものに終始せざるを得なくなってくる。
そういうコンディションの中で11番勝つというのは立派なのですが、14年春(前半戦)のように体調さえそれなりに整っている場所ならば、荒削りながらも、相手をしっかり研究し、その道筋が見えるような立合いからの流れで相撲を取れる人なだけに、どうしても現状にもどかしさを感じずにいられないし、無論、これ以上の怪我を繰り返すようなら、いよいよ中位の地位で取る体力さえ奪われることになりかねません。
・・・とネガティブなことも書きましたが、何にせよ、秋場所は上位復帰。1年あまり前の旋風に触れるまでもなく、上位陣にとってはやはり怖い存在の一人であることに変わりはないでしょう。
将来的には本格的な四つをやってもらいたいですが、ごく短期的な括りとして、嘉風のように上下左右に動きまわっての攪乱戦法に徹するのも面白い。思いがけないタイミングで屈んでみたりすると、相手も泡を食うでしょうし、うまく入って中から攻めていくことが出来ればどの上位陣相手にも十分勝機があるはず。逆に大きな相手とまともに胸を合わせて取る相撲が続くようなら、またまた怪我の恐れが濃くなってきます・・・